レーシックが勢揃い

もう大丈夫だ。
張りつめていた空気が、ほおっとゆるんだ。 彼自身の細胞がやがてパッチを覆い、心房の壁は修復される。
心臓は、かってないほど勤勉にはたらき、青年の全身の細胞をみずみずしく生きかえらせてくれるだろう。 K医師は動いている心臓に最後の血管をつなぐと、処置を指示して手術室を出た。
午後1時。 手術開始から4時間半が過ぎていた。
K田総合病院(K院長、858床)は、JR外房線と内房線が出あう房総半島の最奥、安房鴨川にある。 浅田次郎氏の小説『天国までの百マイル』で、主人公・安男と「おかあちゃん」がめざしたサン・マルコ病院のモデルになった。
東京からは外房線の特急で2時間あまり、東関東自動車道と鴨川有料道路をのりついで、あるいは東京湾アクアラインでいずれも2時間。 鴨川シーワールドや日蓮ゆかりの誕生寺、鯛ノ浦がある風光明媚な海辺の町だ。
それが80年代後半になって、鴨川に不思議な病院がある、と評判になる。 バブル崩壊で会社も金も失い、妻子とも別れた中年男が、大学病院にさじを投げられた心臓病の母を救うため、天才外科医がいるという病院へ100マイルをひたすら駆ける。

「82年の冬は大動脈癌破裂で運ばれた急患が6例も続きました。 手術にもちこむことのできた腹部大動脈癌の患者さんに人工血管置換を試みましたが、結局すべて失ってしまいました」。
そのフロリダ州で腕をふるっていたS山医師が鴨川に来たのは1983年。 この年の6月、心臓血管外科がK田総合病院に開設された。
江戸時代から二代続く医者一族のK田家は、享保年間に安房鴨川に移った。 医療法人鉄蕉会K田病院として戦後は肺外科専門病院とサナトリウムとして歩んだが、63年に3階建ての本館棟ができ、翌年K田総合病院と改称してからは拡大を続けてきた。
それを支えたのが、故・K田俊孝前理事長の4人の息子だった。 「K田4兄弟」と、ウルトラマン兄弟のように呼ばれる4人は、全員が医学の道に進んだ。
しかし大学も専門も異なる。 血族経営の硬直性をのぞき、同時に学閥も排する自由な病院として、全国から優秀なスタッフを集めた。
そんななかで、国際的な水準の総合病院をめざして整えられたのが心臓血管センター山医師である。 海岸通りを1キロも走った町はずれに、大学病院もかくやと思えるほどの立派な建物が、突然唇気楼のように立ち上がったのだった。

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